昨日書いたフジテレビ偏向問題ですが、未だに祭り状態ですね。

自分が売りたい物を、「嘘をついてまで」流行らそう、とする事がなぜ起こるのか。
それは結局、自分が売りたい物が売れなくなったからなんだと思う。

日本人は流行に弱い。流行していると見せかければ、売れる。
という方程式が、たぶん1990年〜2000年代位までは上手く機能していたと思う。
だけど、iModeやYahooBB!等により、一気にネットが普及してきたころから、たぶん状況がかなり変わってきたんじゃないかな、と思う。

これがわかり易い言葉で説明してくれたのが、本のネット販売で有名なアマゾンだったと思う。
ロングテール。
アマゾンはネット販売によって、少量生産、大量品種の市場を構築した。ほとんど少数しか売れなく、書店に置かれないような本も、簡単に検索して、他人のレビューを参考にしながら購入ができる。流行の本、売れ筋の本しかない書店では得られない自由がそこにある。人の多様性に気付き、すばやく対応した結果、アマゾンは一気に世界ナンバーワンの書店になった。

生活が豊かになって、物が飽和してしまった世の中では、一方方向に大衆が流れるという事がほとんど無くなる。今は「巨人大鵬卵焼き」なんてありえない。テレビに流れるものが流行っているもの、という単純な図式はもう廃れてしまった。
世界にひとつだけの花、じゃ無いけれども、人々の多様性が発露し易い世の中になったと思う。ネットによって距離的な壁が無くなり、これまで、周囲に話す相手もいない様な趣味でさえ、ネット上でコミュニティが簡単に出来るようになった。人に無理にあわせなくても、自分にあうものが簡単に見つかる。各種SNSやGoogle等の強力無比な検索能力のおかげだ。

個人情報発信もブログやTwitter、ミクシィ等の誰でも簡単に始められるツールが揃って、誰でもできるようになった。結果、様々な人の趣味嗜好の情報が、誰の手にも短時間でコストが殆ど掛からずに交換できるようになった。
今は電車に乗っていても、街でお茶を飲んでいても、ちょっとした時間があれば、いろいろな情報が交換できる。
もうテレビで長いCMに我慢する必要は無くなったし、たいしてみたくも無い情報を、それしかやっていないからという事で見る必要も無い。ネットはしかも一方通行でもなく、情報の交換が出来る。

人の考えや生き方、趣味といったものは、非常に幅広く、多様性に富む形で成長している。
アマゾンのロングテールは、決して本に関してだけのものではなかった、とはっきり観察できると思う。

つまりネットのインフラがある成熟社会においては、流行というのは凄く希薄化されていて、これがオススメというメディアのコントロールは、依然程は効かなくなっているんだと思う。

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という幼稚な考察に加え、幼稚な個人的な感想。

然るに、個人的には今回のフジテレビ偏向問題というのは、既存のやり方が通用しなくなってきているという時代の転換時期に、既存のやり方を踏襲しようとして、今回のような無理が生じてしまった、という事が底辺にあるのではないかと思う訳です。マスマーケティングは未だ有効な手段ではありましょうが、今後その重要性は明らかに低下していくと思われます。

自分はこの多様性が増す社会というのは、本当に大事な事だと思っています。
いろいろな人がいろいろな考え、趣味嗜好を持って、社会を構成するのは、もしマズローの論旨が正しかったとすれば、所属の欲求から承認の欲求、自己実現への欲求への変化とも捉えられます。この流れはこれまで右に倣えの日本人にとって、大きな前進の機会だと感じます。

情報の入り口が、ネットと強力な検索エンジンによって一気に拡大し、人々がもっといろいろなものの見方を出来るようになって、もっと自由に生きていける。金銭的な面でも、本来自分が投入したかった、すべきだった場所に使える様になった、という点でも、豊かな社会に向かって前進出来ていると言えないでしょうか。