伽藍とバザールとはエリック・レイモンドが書いた論文、というかエッセイ。
1997年に発表されてたと思う。
もう20年も前。
伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト
エリック・スティーブン レイモンド
光芒社
1999-09


別に書籍を買わなくてもネットで見れる。
非常に短い。


当時、開発が恐ろしい速度で進んでいたリーヌスを中心としたLinuxの開発と、ストールマンが開発しているGNU Hurdの違いを考察している。

Linuxとは現在世界中で使われているOSのことで、このOSと無関係で生きている人などもはや存在しない位に普及している。
身近なところではスマートフォンに採用されているAndroidとか。
インターネット上の各種サーバもLinuxで構成されている事が多い。
Linus_Torvalds_(cropped)


一方GNU Hurdは、リチャード・ストールマンが1990年から開発を進めていた同様のサーバOS。
全然開発が進まないので、未だに完成していない。
Richard_Matthew_Stallman_cropped
※誤解を招くといけないんだけど、リーヌスの成果はストールマンの大きな成果の上に成り立っている


文章は「寄って集って暇な人が集まって作る」Linuxモデルをバザールとして、「厳選されたエキスパートだけで作る」Hurdモデルを伽藍(カテドラル)として、その比較について考察している。

1990年代の初頭は、Linuxの様な誰でも適当に参加出来る開発モデルは絶対に成功しないと思われていた。
しかし、その想定は破られた。
圧倒的に。


Linuxは全てオープンに開発が進んでいて、沢山の人達がよってたかって良くしている。
本文では「Given enough eyeballs, all bugs are shallow.(目玉の数さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない)」とリーナスの法則が述べられている。

様々な改良が日々集まっていて、その進化は未だに止まらない。
世界中の暇な人が寄ってたかって作っている。(実際は暇な人は殆どいないけど比喩的に)
暇な人だけでは無く、今となってはIBMやHP等を始め、NECや富士通、日立、日本の名だたる電機メーカーも参加している。

なぜみんなよってたかって金にもならない事にコミットするのか。
(企業は結果として金になってるんだけど)
リーナスはシンプルに「Just for fun!(楽しいから)」と著書で答えている。


当時からオープンな開発方法は行われていたけれども、この論文によって多くの人に再認知された。
影響は計り知れなく、数多くのソフトウェアがこぞってバザールモデルに移行した。
全部が成功したわけではないんだけど、現在も多くの重要なソフトウェアがこの方式で作られている。


バザールモデルも伽藍モデルも、どちらも重要で必要なもの。
お金払ってブラックボックスを買う事も重要。
例えばWindows OSなんてそうやね。


でも、何か困った時に、愛想の悪いサポートに電話しなくても自分で全部イチから調べて解決できるものの方が、ストレスは無いから。
気に入らないところは自分で修正すればいいんだし、またそれをコミットしてコミュニティに還元する事も出来る。
Linuxはリーナスのものでは無くて、コミュニティみんなのもの。自由だよね。