トム蔵さんが「ソニーのSR-64HXA」や「トヨタのアルミテープ」なんかについて話をしてました。
一見理系の人間には眉唾で、明確な根拠が出てこない分野は、まぁ眉唾ですよね。

自分はでも、職業としてこの分野に居たことがありますので、こういった説明のつかない事に対して企業を上げて対処する様な、一見バカバカしい様な話は普通に受け入れられる素養があったりします。

とっくの昔に転職していますけど、自分のキャリアはJTの研究所から始まっています。
当時JTに入社したら全員工場で研修を受けるのですが、そこでのお話をひとつ。
もう時効だとは思うので、、、。

当時JTは全国に沢山工場があった時代で、例えばセブンスターの様なメジャーな銘柄だと5〜6の工場で生産をしていました。
タバコの味は「喫味」という言葉で表現します。
タバコは舌で感じる味だけでは無く、煙も併せて吸い込む為に鼻も咽も同時に使うやや特殊な嗜好品です。
いわゆる食品のジャンルになります。

タバコは全国色々な工場で作るのですが、マスプロダクトなので当然ながらどの工場でも同じ味にしないといけません。
この「喫味」を均一化する為に試験していくのですが、試験項目が数十項目あり、内容を見ても何のことかは全く分からなかった事を覚えています。
これを全部埋めるなんて、絶対無理だろうな・・・と思える試験項目ばかりです。

味は苦みや辛み以外にも色とかで表現してました。表現の仕方が無かったんでしょうね。
更に、煙を「目で楽しむ」為と「のどごし」を評価する為に、煙の粘りみたいなところも評価してました。
手に煙をフッと吹き付けて、どの程度まとわりつくかをテストしてて、その様子があーだこーだと言ってました。
工場は地方によって色々と気象条件も違いますし、仕入れる材料も生き物なのでどれひとつ同じものがありません。こういった試験項目を評価していく事によって、なるべく均一の物を作って行くという作業をしていたんですね。
勿論科学的な喫味評価もあるのですが、「味」の事なので最後は人間の評価が重要視されてました。
数万人いた社員のなかで、この「ブレンダー」という職業の人は本社に一人、各工場に一人だけしかおらず、全員で30人位の特殊な職業だったと思います。
研修の先生になった人は一日中タバコを仕事として吸っていて、仕事が終わると自分が吸いたいタバコを吸ってました。

そんな喫味の研修を受けている最中、マイルドセブンの味が二本だけ違う、という問題が起きてました。
丁度喫味の研修中だったので、「お前らも試してみろ」と言われて渡されたのがマイルドセブン。
p1
当時マイルドセブンはJTの看板商品で、沢山のバリエーションが出はじめた頃です。
マイルドセブンは、パッケージの「MILD SEVEN」の背景色が青色でしたが、たしかこの時、バリエーションで黒色の背景を持った商品が発売されていたと思います。

「20本のタバコの中で2本だけ味が違うのがわかるか?」
並べられた20本全部吸ってみますと、なんとなくだけど違いに気が付きます。
しかし20人位いた研修生の中でも評価は様々で、分かる人間と分からない人間が1:3位の割合だったと思います。

丁度喫味の研修をしていたところだったので、かなり繊細な違いも分かる様にはなっていたんですが、それでもかなり微妙です。
何も言われず渡されていたら、絶対に違いは分からないでしょう。
だけど違う。
「なんですか、これ?」
というと、「この部分なんだよね」とパッケージの黒い帯の部分を指でポンポンとさされました。
タバコは銀紙で覆われて、その上からパッケージ、最後に密閉する為のビニールパッケージで覆われます。
まず銀紙があるし、その上の包装紙の、しかも色が違うところだけ味が変わる?
青と黒の包装紙をバラして匂いを嗅いでみますが、全然違いが分かりません。
ちょっと信じられないので、一緒に同期とブラインドテストをしてみます。
やっぱり2本だけ味が違う。舌と鼻と喉を最大限活用してギリギリ判別できるかどうかのレベルで、正解率は5割位。
正直、この違いを取り立ててピックアップする必要があるのかな、とは思ったものの、プロはやっぱり拘るところだったんですね。

この喫味の違う2本のタバコが、駄目なのかというと別に駄目という訳でもなく、「他と違う」という評価でしかありませんでした。
「違う」というのが重要な課題なのであって、味は及第点。
このレベルになってくると、どちらが良いかなんて事は問題にはならなくなってきます。
18本の方を良いと言っても、2本を良いと言っても、そうだと言われればそう思えます。
ただ、生産技術としては18本を目指してブレンドしているので、残りの2本もそちらを目指すという「ゴール設定」がなされていたと理解しています。

商品として違うのは問題なので、その他に合わせる様な工夫を入れる事になったはずですが、その後どういった工夫がされたのかは、別の研修が始まったので分かりません。
主力中の主力製品だったので、インクの素材を変えるとかそういったコストのかかる事も当然やって行ったと思います。


さて。
ちょっと悪戯して、別の研修を受けていた同期にこの話をして、「この2本がそうなんだよね」と言って全然違うものを吸わせてみると「あ、なるほど、わかる」という。
どれで試しても違うという。
勿論「全然わからん」という同期もいました。正解です。

この時、プラシーボ効果を目の当たりにできた事は貴重な経験でした。
・人は思い込みに大きく左右されやすいタイプと、そうで無いタイプがいる。
・ブラインドテストは大事。
という事を学びました。


という事で、自分は
・セルフブラインドテストではっきりと自信が持てないものは全部「同じ」「変わらない」
・「良い悪い」と「違う」は明確にジャッジしなければならないもの
として扱う様にしています。

人間は思い込みの奴隷なんだと思います。
ただ逆に有効活用すると、意外と幸せになれる重要な脳の機能ではあると思っています。
感知できないものは無いのと同じ。感知したと思えば、それは存在する。
哲学的でもありますよね。
最終的には個人の脳がどう感じるかなので、まぁどっちでも良いとは言えますが。


良い事ばかりじゃないけど、悪い事ばかりでもない
本当の事を教えておくれよ
なんて。