オカンももう歳で、昨年末から入院してた。
仕事もひと段落したところで一週間お休みを頂いて会いに行ってきた。

コロナ19にかかる前に、と思っていたんだけど、もう掛かっているのか掛かって無いのか、誰も分からない様な世の中になってた。
お陰で新幹線は間引きしているにも関わらずガラガラ。

阪神電車に乗り換えて西宮駅から徒歩3分位。
病室に入ると割と元気な姿でオカンがいた。

キャラメルを買ってきてくれと言われたので、指示された通り、病院の地下の売店に買いに行く。
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初めてかと思ったんだけど、なんだか知っている様な気がする。
ああ、もう何十年も前、自分がまだ小さい子供の頃に来たところだと気が付いた。

もう何十年も前、昭和の時代に、オカンが入院してた。
何時もはオヤジ、兄貴、弟と一緒に見舞いに来るんだけど、たまに学校の帰りに寄る様になった。
来るとここでカツ丼を食わせてもらってた。
懐かしい。

病室に帰ってから、ここ昔来てた気がするんだけどあってる?と聞くと、ここに入院してたからその時の話だろうという。
「タバコが吸いたいから、お前を連れて食堂に行ってたんや」

その後、阪神大震災の際にもオカンはここに入院していて、その時の話なんかを聞かせて貰った。
地震があった日、なぜか病室から出てはいけないというお達しがあったにも関わらず、家が心配で徒歩で帰ったそうだ。
その時、病院の1〜3階は死体であふれていたそうだ。
病室から出てはいけないというのは、それを見せない為だったんだろうと言っていた。
冬だったけど気が張っていたのか、パジャマ姿で家まで1時間以上かけて帰ったらしい。
へ〜初めて聞いた。
ちなみにその直後、何度目かのオカンの余命宣告を聞いた。
一週間とか言われたけど、そこから25年か。

家に帰ってテレビを見ていると、この病院でコロナ感染者が出たとのニュースが流れる。
やはりこのタイミングで来ていて良かった。
この後だったら来れなくなっていたかも知れない。


病院は戦場。
働いている人達には頭が上がらない。
クッソ高い保険料が毎月給料から天引きされているけど、しょうがないなと思う。
日本だから。
そんな病院も今度移転するらしく、ここは無くなってしまうらしい。
またひとつ、思い出が消えるのは残念な事だけど、そこで働く人達が少しでも効率良く、救命できる様になるのであれば、とは思った。


さて、またまたこの戦場で余命宣告されたオカン。
一体何回目だか覚えてないけど、今回はどの位伸ばすのだろうか。
流石に年齢が年齢なので、今回は厳しい戦いになるとは思うけど、本人の心が折れてないので、また伸びると信じてる。